板門店・JSAに行った話②…南北首脳会談と重ねて振り返ってみる

臨津閣から「JSA安保見学館」まではソウルから乗ってきたツアーバスで移動します。この区間から車中からの撮影は禁止されます。途中の検問所で憲兵が乗り込んできてパスポートのチェックを受け、ツアー参加者の緊張感が高まります。

前回の記事

JSA安保見学館から板門店へ

板門店ビジターセンターのJSA安保見学館です。
この写真は撮影OKであることを確認の上で帰りに撮った写真です。ここで説明スライドを見ながら見学に際しての注意事項などの説明を受け、「不測の事態で撃たれたり死んだりしても文句は言いません」といった趣旨の誓約書にサインします。そして国連軍の”GUEST”バッジを受け取りJSA専用バスに乗り換えて板門店に向かいました。

板門店に到着

ここからは4月27日に行われた南北首脳会談のTV画像も交えながら記します。

ニュース映像で何度も見た水色の建物前に到着。向こう側の建物が北朝鮮の「板門閣」です。

“판문각=板門閣”の書体が右上がりなのが北朝鮮独特です。

我々が立っているのは韓国側の「自由の家」ですが、警備上の理由でこちら側の建物は撮影禁止。その一方、板門閣の撮影はOKです。

聯合ニュースTV画像より。
これが自由の家です。画像左奥に板門閣が映っています。

これはNHKの画像です。会談が行われたのは自由の家ではなく「平和の家」の方でした。

これは会談が行われた「平和の家」です。

LEDの点線が南北境界線。

自由の家からの映像。南北の間にある水色の建物が停戦委員会の会議場です。

北側の兵士と向き合う韓国兵。3人とも姿勢はテコンドーの構えで、左右の2人は北を監視しながら何かあれば身を隠せるように半身だけを出して立っているのだそうです。

北側の兵士。

望遠+トリミングした北朝鮮兵の写真です。
南側の兵士は表情を見せて挑発したとか何かサインを送ったとか言われないように濃いサングラスを掛けていますが、北側の兵士は素顔です。

南北会談当日の警備スタッフは背広でした。

北の”指導者”はこのドアからお出ましになりました。本当に現れるのか半信半疑だったのでこの映像を見た時はちょっと戦慄でした。


TVのキャプション:『金正恩委員長、北側 、板門閣建物から登場』

軍事停戦委員会会議場

私が訪れた時の写真に戻ります。

会議場内部は撮影OKです。警備しているのは国連軍という立場の韓国兵。左の小部屋は通訳のブース、警備兵の奥は北側へのドアで、もし制止を振り切ってドアの向こうに行けば北に亡命(笑)できます。

テーブル真ん中の国連旗とマイクの線が南北境界線とされていて、この写真の左側は北朝鮮ということになります。

「マネキン?」と思うほど警備兵は微動だにしません。

会議場から外を見たところ。コンクリートの出っ張りが南北の境界です。

4月27日、この場所で境界線越しに握手した瞬間。

自分が行ったことのある場所に”この人”が現れる映像を見ていると何とも不思議な感じがしました。

韓国側に向かってポーズ。

続いて北側のカメラマンに向かってポーズ。

促されて北に足を踏み入れる文大統領。

砂利が敷かれている方が南側です。

子供が花束を渡したりして、ここからは韓国側の演出はちょっと過剰じゃないかと思いながら見ていました。

北の軍人独特のでかい帽子。

話を私の板門店訪問に戻します。

この場所の見学時間は15分ほどで、我々はこの写真のようにずっと韓国側兵士に監視されながら独特な緊張感に包まれていました。

自由の家から戻るバス車中から「ポプラ事件」の現場と「帰らざる橋」を見ることが出来ました。

ポプラ事件の現場。
ポプラの木を剪定しようとした国連軍兵士と北の兵士のいざこざがエスカレートして、アメリカ兵が斧で殺害された事件です。

朝鮮戦争の停戦後、南北の捕虜交換が行われた「帰らざる橋」。

JSA安保見学館に戻ると緊張感から解放されます。

館内には土産物屋があって北朝鮮関連グッズを売っています。本物なのか怪しいと思いながら「北朝鮮の紙幣セット」を買ってしまいました。

冷戦の雰囲気を感じたい方は是非どうぞ

2018年の今、自由主義と共産主義(と言うか全体主義)が対峙するのを一般人が見れる場所はここぐらいではないかと思います。せっかく行くなら1日ツアーがお勧めですが、時間の限られている方は半日ツアーもあるようですので是非どうぞ。

尚、軍事境界線越しに北朝鮮を見るだけなら特別な手続きや予約無しで行ける「烏頭山(오두산=オドゥサン)統一展望台」という場所もあり、臨津川越しに北朝鮮の宣伝村を見ることができます。参考まで公式サイト(日本語有り)のリンクを貼っておきます。

余談

前回1997年に訪れた際は、日本語ガイドのおばさんが途中から植民地時代の日本への恨みつらみを延々喋り、しかも、エキサイトしてくると日本語も何を言っているのか意味不明になってきて閉口したものですが時代は変わりました。今回のガイドさん(美人)は日本語ほぼ完璧、冗談も言ったりして和やかな雰囲気でした。

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